チャーリー・ユーコン川下り その7 〜長い道のり〜

翌朝は、6時起床。
私達にとって、とても早い朝だ。
前の晩、大人3人で開いた緊急会議で問題点を話し合った結果、早起きをせざる得なかったのだ。
昨夜、GPSと地図を照らし合わせて確認すると、川旅を始めてから今まで、まだ11マイル(17,7km)しか進んでない事が判明した。
初日が5時間で5マイル。
2日目が6時間で6マイル。
1時間で1マイル進む計算だ。
しかし、全行程は134マイル(215.7km)もあるのだ。
そして残りの日数は4日間しかない。
134マイルから11マイルを引いて、123マイル。
...123マイルを4日間で。
全然ダメじゃん!
どーすんのよ、私達?

リーガンは、5日後の月曜日から仕事があるし、食料だってそんなに多く余分がある訳ではない。
最終日の日曜日には、パイロットの友人がゴール地点まで来る事になっている。
もし私達が到着してなければ警察に通報、そして飛行機で上から探すと言っていた。
早く着かなきゃ、捜索されちゃうよ。
仕事場にも友人にも、連絡しようがないし。
ここは、電話なんてもちろんない大自然のど真ん中。
どうにかして、4日間で123マイルを完走しなくてはいけない。
「朝早くから深夜まで、とにかく船を漕ぐ。徹夜も覚悟で。」
当然、そういう結論に達したのだ。
頑張るしかない!
朝は急いでテントを片付け、火をおこしてコーヒーとキッシュの朝食を取り、8時にはファルコンクリフを出発したのであった。

川3日目。
山を降りてきて、川の水はだんだんと多くなってきている。
途中小さな川も何個か合流し、水量が増えている。
水の中に入らなくてはいけない時間も少なくなってきて、最初の2日間より楽にはなってきている。とは言ってもまだ、20分間漕いだ後に、また5分間は岩の川でラフトを引っ張るというのを繰り返す感じで、まだまだ大変だ。
チャーリーリバー、油断ならない。

漕ぎながらも山の方を見ていたリーガンが、山頂を指差した。
山の上に、白い陰。
双眼鏡を取り出したリーガンが、ドールシープを発見!

おお〜。なんか可愛い。
旅始まって以来の、大きな動物だ。
少し前にいたイサオさんの名前を大声で呼び、山を指差す。
イサオさんはドールシープが分からない様子で、山の方をキョロキョロと見回し、近づいて行った。
その時。
山の下の方にいたドールシープの群れが、近づきすぎたイサオさんを警戒し、一斉に走り出した。

ドドドドーーーーー。
砂煙をまき散らし、すごい勢いで駆けて行くドールシープ。
なんか、自然の中にいると実感出来たよ。
その後も、たくさんのドールシープを目撃した。
人間が珍しいのか、子供のドールシープは、その場に止まってじっとこちらを観察している様子だった。

ランチタイム。
時間節約のため、イサオさんの速いカヌーが先に行き、食事出来そうな場所を見付け、火を興しておく作戦。
ランチは、温めるだけでいいチーズステーキサンドイッチ。
洗い物時間も節約のため、アルミホイルに巻いて食べる。
その日は7月4日。独立記念日だ。
花火でお祝いする代わりに、銃発砲。
心優しい友人が、熊の護身用として貸してくれたマグナム44を、リーガンとイサオさんが山に向かって撃つ。

大自然の中に、ガンの音だけがコダマしていた。
ランチの後は、また進む。
どんどん進む。
ひたすら進む。

大きな岩の横を通る。
見上げてみると、すごい迫力。

でも実家の隠岐にある、岩の風景に似ているなぁ。
その先で、イサオさんが雪を発見!
ラフトを停め、雪採取。

食料を入れているクーラーボックスを冷やすためだ。
もう氷になっている雪を、オールで壊してクーラーの中に入れた。
そしてまた、壮大な景色の中を青いラフトと赤いカヌーは進んで行く。
川で浮かびながらリーガンと話していたのだが、今回の旅、私達家族は最高の旅仲間と一緒に行けた。
イサオさんはアウトドアをよく知っているし、正しく行動が取れる人。
厳しい状況でも何も文句を言わず、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。前向きで、いつも笑顔。一緒にいると楽しい。
そして私にとってラッキーな事は、日本語が通じる人だという事。
こんなすごい経験をしている最中に、自分の中で感じた感動や驚きを何不自由なくすぐ話せるという事は、実は外国に暮らしていると、とてもありがたい事になってくる。
イサオさんとは去年知り合い、とても気があって家族のような存在になっていたけれど、この厳しいチャーリーリバーを一緒に超えるという事で、ますます絆が深まりそうだ。

そんなイサオさんは、
「リーガンはすごい。」
と、何度も繰り返す。
「リーガンはすごいよ。」
「こんな所に家族を連れて来るなんて。」
・・・そこか。
そうだよ。リーガンは、家族をどこにでも連れて行くよ。
ムサシが乳飲み子の時から、サバイバルしてたよ。
2週間で10400kmの車の旅とかね。(テキサスーモンタナーテキサスーフロリダーテキサス。しんどかったって。)
でもリーガンのすごい所は、妻や子供を連れて行っても、それを1人でカバー出来る力だよ。
この重たいラフトも、なるべく私を川の中に入れないように、ほとんど1人で動かしてるし、オールを漕ぐのもリーガン。
オールは持つだけでも重すぎて、私は手伝うのを5分で諦めた。
リーガンの手はマメだらけになり、体中がすごい筋肉痛で、手の感覚もなくなってきているらしい。
1万4百キロの車の運転も、リーガン1人ですべてやった。(私は高速は運転しない。)
リーガン、すごいよ。
イサオさんも、すごい。
サバイバルスキルのある人って、かっこいいね。
そして夜の9時になり、ようやくキャンプ。
なんと今日は、27マイルも進んだ。
昨日の4倍以上の距離。
ヤッター。これなら4日後に、ゴール出来るかも。
ホットドックの夕食の後、リーガンがまたケーキを焼いた。
アップサイドダウン・パイナップルケーキ。
アラシがお手伝い。


出来上がる頃は、もう12時を過ぎていて、クタクタだったみんなは食べずに就寝。
明日の朝食用へとなったのだった。